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今、自分に出来ること!! それは自分が元気になって、地域が元気になって、東日本大震災の被災地に継続的な支援が出来るように頑張ります!ニコニコ

2014年03月11日

311だけではなく震災を風化させず福島県いわき市支援を続けていきます。

311だけではなく震災を風化させず福島県いわき市支援を続けていきます。
  


311だけではなく震災を風化させず福島県いわき市支援を続けていきます。
 今日で未曾有の大震災から3年目を迎えました。  私が被災地である福島県いわき市へ支援で現地に行ったのは合計4回で、いわき市支援のきっかけになった最初の出会いが、震災の1ヶ月前にコザで開催された『ジャパン・オンパク全国研修会』で、コザのナイトツアーで上いわきフラオンパクのメンバーと肩を組んで歌を歌ったのが出会いでした。

 その1ヶ月後に東日本大震災があり約二週間ほどいわきフラオンパクメンバーの安否が確認できませんでしたが、 安否確認か出来ると何とか現地で支援を行いたくて、いわきフラオンパクの里見さんにアテンドしてもらい現地のメンバーと結成したのが、上沖縄コザ いわき がんばっペ隊』で、避難所生活で冷たいものしか食べることが出来ない被災者の皆さんに暖かい沖縄そばの振る舞いと沖縄の歌を歌って来たのが最初の被災地支援。

311だけではなく震災を風化させず福島県いわき市支援を続けていきます。
 2回目は震災3ヶ月後の9月に行った上『復興エイサー in いわき』

311だけではなく震災を風化させず福島県いわき市支援を続けていきます。



 3回目は震災から2年目の311上『復興じゃんがらエイサー2012 』

311だけではなく震災を風化させず福島県いわき市支援を続けていきます。
 そして4回目は昨年7月に開催された上『いわきフラオンパク2013』でした。

 
 2度、3度といわきへ向かうたび見た目には復興が進み、最初の目を疑うような光景は少なくなり復興した様な錯覚に陥りましたが、昨年の7月にいわきフラオンパク代表で特定非営利活動法人ふよう土2100 理事長里見さんに案内してもらい、原発10キロ圏内ギリギリの被災地スタディツアーに参加しました。  

 富岡町は最近規制解除されたエリアで、そこは3.11から時が止まったような被災地の現実がありました。

 現実から目を背けず現実を見る事で忘れてはいけないということを再認識させて頂きました。

311だけではなく震災を風化させず福島県いわき市支援を続けていきます。
 2013年6月に規制が解除になった常磐線・富岡駅周辺を案内していただいたのですが、未だ未だ放射線量の数値が高くて見かけるのは警察官または消防士などで一般の人影はなく、まるで3.11から時が止まったようです。

311だけではなく震災を風化させず福島県いわき市支援を続けていきます。
 全国紙では伝えない沖縄の地方新聞とのズレは、2013年に墜落した米軍ヘリの報道の違いでも分かりますが、福島県の地元紙でも毎日、全国紙では伝えない詳細な放射線量の数値が報道されているのです。

311だけではなく震災を風化させず福島県いわき市支援を続けていきます。
 またJリーグや全日本が合宿を行っていたJビレッジきれいな天然芝コートは全て砂利敷きの駐車場になっていて、近くで唯一営業しているコンビニ(ファミリーマートJビレッジ前店)には制服姿の警察官や消防士作業員が多く来店していて、普通店外にあるはずのゴミ箱は店内に設置しているのですが、その理由は防護服を捨ててしまう人がいるからだと聞きました。

 節目の日だけではなくて、これからも震災を風化させずに継続的な被災地いわき支援を行っていきたいと思います


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